分かっているのに動けない、その生物学的理由
「何を変えるべきかは分かっている。でも、どうしても自分を動かせないんです」
あるハイパフォーマーの起業家が、セッションでこう語った。
これは、知性の問題でも、
野心の欠如でも、
規律の不足でもない。
もっと深い、ほとんどのハイパフォーマーに共通する壁である。
戦略は見えている。次の一手も分かっている。
それなのに…
同じ意思決定の迷い、
反応のパターン、
先延ばしが繰り返される。
外からは「抵抗」に見える。
内側では「自分でも説明できない苛立ち」として現れる。
脳の優先事項: 成長ではなく、パターンの維持
なぜこれが起こるのか。神経科学が答えを持っている。
脳は「より良いもの」を追求するためにあるのではない。
脳の優先事項は、ただ一つ。
慣れたパターンを繰り返すことである。
なぜなら、
慣れ = 予測可能
予測可能 = 生存可能
だからだ。
神経科学者のLisa Feldman Barrettは、脳の主要な機能を「予測マシン」として説明している(Barrett, 2017)[1]。脳は絶えず予測を生成し、その予測と実際の感覚入力との誤差を最小化しようとする。この「予測誤差最小化」こそが、脳の基本原理なのだ。
脳はビジョナリーではなく、リスク回避的な会計士
脳は、ビジョナリーなリーダーではない。
極端にリスク回避的な会計士である。
その仕事は、成長ではなくコスト管理だ。
繰り返された思考や行動は、すべてこう記録される。
「これは生存を脅かさなかった」
これだけで脳は安心し、変化の必要性を感じない。
神経生物学的に見れば、脳は代謝的に非常に高価な器官である。体重の約2%を占めるに過ぎないが、全身のエネルギーの約20%を消費する(Raichle & Gusnard, 2002)[2]。そのため、脳はエネルギー効率を最大化するために、既存のパターンを維持しようとする強い傾向を持つ。
なぜ洞察だけでは行動が変わらないのか
だから、洞察だけでは、行動は変わらないのである。
多くのビジネスパーソンは、
セミナーに参加し、
書籍を読み、
コーチングを受ける。
知識は増える。
理解も深まる。
「何を変えるべきか」は明確になる。
しかし、行動は変わらない。
なぜなら、神経系は情報では変わらず、経験によってのみ変わるからだ。
より正確に言えば、神経系は「これは安全である」という体験的な証拠を必要とする。概念的な理解では不十分なのだ。
変化を生む本当のメカニズム
では、何が動きを生むのか。
本当の変化は、神経系が「これなら安全」と学習したときに始まる。
プレッシャーも、無理なモチベーションも不要。行動のGOサインを出す神経システムそのものを再調整するのである。
これは神経可塑性(neuroplasticity)の原理に基づいている。Hebbian learningの原則「一緒に発火するニューロンは、一緒に結線する(Neurons that fire together, wire together)」が示すように、繰り返された経験は神経回路の物理的な構造を変化させる(Hebb, 1949)[3]。
重要なのは、この再配線には「安全性の感覚」が不可欠だという点だ。ポリヴェーガル理論(Polyvagal Theory)が示すように、神経系が「安全モード」にあるときのみ、学習と変化が可能になる(Porges, 2011)[4]。
意志力の下にある生物学的レイヤー
私が神経科学者として日々取り組んでいるのは、この層への働きかけである。
マインドセットや意志力ではなく、その下にある生物学的なレイヤーだ。
このアプローチの核心は、次の理解にある。
「抵抗」は意志の弱さではない。
それは、神経系が古いパターンを「安全」と認識し続けているサインである。
したがって、変化を促すためには、新しいパターンを「安全」として再学習させる必要がある。これは、強制や努力によってではなく、神経系が自然に受け入れられる形で段階的に導入することで達成される。
抵抗を再解釈する
この視点は、「抵抗」の見え方を根本的に変える。
抵抗は、克服すべき敵ではない。それは、神経系からの重要なフィードバックである。
「このパターンはまだ安全だと認識されていない」というメッセージなのだ。
したがって、必要なのは「もっと頑張る」ことではなく、「どうすれば神経系が安全だと認識できるか」を設計することである。
実践への示唆
では、どのように実践するのか。
重要なのは、以下の原則である。
-
小さく始める:神経系が「これは安全だ」と認識できる最小単位から始める
-
繰り返す:新しいパターンが「慣れ」になるまで反復する
-
観察する:神経系の反応(緊張、抵抗、安心)に注意を払う
-
調整する:フィードバックに基づいて段階的に調整する
この方法は、「意志の力で突破する」アプローチとは根本的に異なる。
神経系と協力するアプローチなのだ。
変化を許可する神経レイヤー
「何を変えるべきかは分かっている。でも、動けない」
もしあなたがこの状態にあるなら、それは弱さではない。
それは、神経系がまだ新しいパターンを「安全」として認識していないという、極めて正常な状態である。
必要なのは、もっと頑張ることではない。
「変化を許可する神経レイヤー」を再設計することである。
そして、それは可能だ。
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参考文献
-
Barrett, L. F. (2017). How Emotions Are Made: The Secret Life of the Brain. Houghton Mifflin Harcourt. ↩︎
-
Raichle, M. E., & Gusnard, D. A. (2002). Appraising the brain’s energy budget. Proceedings of the National Academy of Sciences, 99(16), 10237-10239. ↩︎
-
Hebb, D. O. (1949). The Organization of Behavior: A Neuropsychological Theory. Wiley. ↩︎
-
Porges, S. W. (2011). The Polyvagal Theory: Neurophysiological Foundations of Emotions, Attachment, Communication, and Self-regulation. W. W. Norton & Company. ↩︎



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