また一つの四半期が、何事もなく過ぎた
ある創業者が、また一つの四半期が何事もなく過ぎたあと、静かにこう言った。
「何をすべきかは、正確に分かっています。でも、いざという場面になると……身体が、動かないんです」
思考は鋭い。
戦略も明確。
経験も十分。
それでも、決断が行動に変わるその瞬間だけが、抜け落ちる。
ここが、最も苦しい地点だ。
分からないわけではない。
混乱していない。
怠けていない。
能力も、ある。
それなのに…
メールは下書きのまま。
会話は先送り。
決断は、沈黙に置き換わる。
その沈黙は、やがて「慎重さ」「熟慮」という、もっともらしい名前を与えられる。
その裏側で、何かが、無意識のうちに締め付けられているにもかかわらず。
論理は、役に立たなくなる地点
ここで一度、論理は役に立たなくなる。
「もっと考えれば分かるはず」
「もっと準備すれば動けるはず」
「もっと感情を整えれば決断できるはず」
でも、そうはならない。
なぜなら、問題は論理のレイヤーにないからだ。
脳は司令塔ではない。編集者だ。
神経科学の視点では、これは非常に明確だ。
脳は、司令塔ではない。CEOでもない。
編集者だ。
順序は、こうなっている。
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動きが起こる
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生理が変わる
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そのあとで、脳が意味と感情を編集する
この逆転した順序を、最初に示したのはWilliam James (1884) だった。彼は「我々は悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しいのだ」と述べた。
そして、Benjamin Libet (1983) の実験が、この逆転を神経科学的に裏づけた。
Libetは、被験者に「自由に指を動かしてください」と指示し、その脳活動を記録した。
結果は衝撃的だった。
被験者が「今、動こうと決めた」と感じる約0.5秒前に、脳の運動野で準備電位(readiness potential)が始まっていたのだ。
つまり、「決めてから動く」という感覚は錯覚であり、脳は動き始めてから「私が決めた」という物語を編集しているのである。
プレッシャー下で止まるあなたは、壊れていない
だから、プレッシャー下で止まるあなたは、壊れていない。
神経系が、かつて最も安全だった選択を今も再生しているだけだ。
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沈黙は衝突を減らした。
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待つことはリスクを避けた。
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耐えることは安定を守った。
それらは、意志の選択ではない。
学習の結果だ。
Stephen Porges (2011) の多重迷走神経理論(Polyvagal Theory)によれば、自律神経系は「安全」「危険」「生命の脅威」という3つの階層で世界を評価している。
この評価は意識よりも先に行われ、身体の反応として現れる。
つまり、「動けない」は意志の問題ではなく、神経系が「安全確認中」という状態なのだ。
学習は、更新できる
そして、ここが希望だ。
学習は… 更新できる。
再配線に、力はいらない
再配線に、力はいらない。
大きな変化は、脳にとって「脅威」だ。
でも、5%のズレは、安全信号になる。
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返事の前に、ひと呼吸深く吸う
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文章を、少しだけ短くする
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顎や肩の力を抜く
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感情が整う前に、先に一歩動く
先ずは、それで十分だ。
脳が、こう判断するために。
「いつもと違う。でも……安全だ」
その瞬間に、回路は書き換わる。
これは、Hebb’s Law(ヘブの法則)として知られている。「一緒に発火するニューロンは、一緒に配線される(Neurons that fire together, wire together)」(Hebb, 1949)。
つまり、新しい行動を繰り返すことで、新しい神経回路が形成されるのだ。
明確さは、身体が先に動いたあとに現れる
多くの人は、明確さが先に来るのを待つ。
けれど実際には、明確さは、身体が先に動いたあとに現れる。
予測と現実が、ほんのわずかにズレる瞬間。
その隙間こそが、すべてを変える。
これは、Predictive Processing Theory(予測処理理論)と呼ばれる神経科学のフレームワークで説明できる(Clark, 2013; Friston, 2010)。
脳は常に「予測モデル」を作動させている。予測と現実が一致すれば安心し、ズレが生じると「予測誤差」が発生する。
この予測誤差こそが、脳が新しい情報を取り込み、回路を更新できる「窓」なのである。
リーダーは「自分を管理する」必要がなくなる
このレイヤーが更新されると、リーダーは「自分を管理する」必要がなくなる。
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決断は静まり、
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タイミングは研ぎ澄まされ、
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内的な議論なしに、行動が流れ出す。
プレッシャーが消えるのではない。
神経系が、それを危険だと誤認しなくなるのだ。
ケーススタディ: ある創業者の「5%の更新」
冒頭の創業者に戻ろう。
彼は知識も経験も十分だった。でも、決断の瞬間に身体が止まる。
私は彼に、こう提案した。
「次の決断の前に、一つだけ試してください。返事の前に、ひと呼吸深く吸う。それだけです」
彼は最初、懐疑的だった。
「それだけで変わるんですか?」
私は答えた。
「変わるかどうかではありません。神経系に『いつもと違うけど、安全だ』という信号を送るだけです」
数週間後、彼は報告した。
「不思議なんですが、以前ほど『締め付けられる感覚』がなくなりました。決断が、もっと静かになった気がします」
これは意志力が強くなったわけではない。
神経系が更新されたのだ。
あなたの脳は指示待ちではない。安全確認中だ。
もし、「準備が整うまで待っている」状態が続いているなら、あなたの脳は指示待ちなのではない。
安全確認中だ。
そして、その確認を完了させるために必要なのは、大きな決意や劇的な変化ではない。
5%のズレだけだ。
脳は編集者であり、あなたは著者だ
脳は編集者だ。
でも、あなたは著者だ。
動きを起こすことで、あなたは脳に新しい素材を提供する。
脳はその素材を編集し、意味と感情を作り出す。
そして、その編集された物語が、あなたの現実になる。
このレイヤーが更新されると
このレイヤーが更新されると、
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メールは下書きのままではなく、送信される。
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会話は先送りではなく、向き合われる。
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決断は沈黙ではなく、行動に変わる。
そして、何より、あなたは自分を責めなくなる。
なぜなら、問題が意志や感情ではなく、神経のタイミングだったことを理解するからだ。
行動が先に変わり、物語があとから書き換わる
これは、まだ「気合」や「努力」で自分を動かそうとしている人のための話ではない。
これは、すでに分かっているのに動けない人のための話だ。
私が扱っているのは、行動が先に変わり、物語があとから書き換わるレイヤー。
もし、この感覚に覚えがあるなら…
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🎧 Podcast最新エピソード公開中
かち脳ラボ with Dr. Yoshi
EP 007 | 行動という名のスイッチ
あなたの神経系の更新を、心から応援しています。
👤 Dr. Yoshi
P.S. 神経科学に基づいた、短いディスカバリーコールも行っています。
参考文献
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Clark, A. (2013). Whatever next? Predictive brains, situated agents, and the future of cognitive science. Behavioral and Brain Sciences, 36(3), 181–204.
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Friston, K. (2010). The free-energy principle: a unified brain theory? Nature Reviews Neuroscience, 11(2), 127–138.
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Hebb, D. O. (1949). The Organization of Behavior. Wiley.
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James, W. (1884). What is an emotion? Mind, 9(34), 188–205.
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Libet, B., Gleason, C. A., Wright, E. W., & Pearl, D. K. (1983). Time of conscious intention to act in relation to onset of cerebral activity (readiness-potential). Brain, 106(3), 623–642.
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Porges, S. W. (2011). The Polyvagal Theory: Neurophysiological Foundations of Emotions, Attachment, Communication, and Self-regulation. W.W. Norton & Company.


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