ある経営者の告白
「答えは見えているんです。戦略も、次の一手も。でも……なぜか、身体が前に出ない」
ある有能な経営者が、静かにそう語った。
知識は十分。
経験もある。
判断力も衰えていない。
それでも、行動の瞬間だけが、空白になる。
この感覚に覚えがあるだろうか。
「何をすべきかは分かっているのに、決断の瞬間だけ、身体が止まる」
もしあなたがそう感じているなら、知ってほしい。
あなたの脳は怠けているのではない。意志が弱いわけでもない。
防御モードの神経回路が、一時的に主導権を握っているだけなのだ。
問いそのものが、すでにズレている
この状態が続くと、人は自分を疑い始める。
「やる気が足りないのか」
「自分は弱いのか」
「もっと努力すべきなのか」
けれど、その問いそのものが、すでにズレている。
前頭前野: 思考・戦略・論理を司る領域は、すでに完全にオンラインだ。
問題は、その下流。
情動脳と自律神経。
そこでは、まだ「安全確認」が完了していない。
脳は、身体を通して「今、動いても大丈夫か?」という信号を待っている。
まるで管制塔が、滑走路からのGOサインを待つように。
どれほど視界がクリアでも、確認がなければ、離陸は許可されない。
これは異常ではない
これは異常ではない。
弱さでも、
甘えでもない。
高い責任と緊張を扱ってきた神経系ほど、慎重なブレーキを持つのは自然なことだ。あなたの脳は、これまであなたを守るために、この回路を学習してきた。
ただ、今の人生のステージには、少し古い設定なだけ。
Polyvagal Theory(多重迷走神経理論)を提唱したStephen Porges (2011) は、自律神経系が「安全」「危険」「生命の脅威」という3つの階層で世界を評価していることを明らかにした。この評価は意識よりも先に行われ、身体の反応として現れる。
つまり、「動けない」は意志の問題ではなく、神経系の状態なのだ。
重要な逆転: 脳は「分かったから動く」のではない
ここで、重要な逆転が起きる。
脳は、「分かったから動く」のではない。
動いたあとに、分かることが多い。
William James (1884) は、感情理論において「我々は悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しいのだ」と指摘した。この洞察は、行動と感情の因果関係を逆転させる。
Benjamin Libet (1983) の実験は、脳が意識的決定の約0.5秒前に行動を開始していることを証明した。つまり、「決めてから動く」という感覚は錯覚であり、脳は動き始めてから「私が決めた」という物語を編集している。
行動は、自信の結果ではない。
自信を生むスイッチだ。
神経系が探しているのは、ごく小さな安全信号
大きな決断は要らない。
神経系が探しているのは、「劇的な変化」ではなく、ごく小さな安全信号だ。
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姿勢を、数センチ変える
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意図をもった呼吸を、ひとつ入れる
それだけで、神経系は受信する。「安全。進行可能」と。
Antonio Damasio (1994) のソマティック・マーカー理論によれば、身体の感覚(ソマティック・マーカー)が意思決定に先行する。感情は行動の後に作られるのだ。
その瞬間、感情は自然に整い始める。
意味は、あとから追いついてくる。
無理に理解しなくていい。
説明できなくてもいい。
知る前に、動いた何かが、すでに始まっている。
行動を「気合」ではなく、身体のスイッチ操作として扱う
もし、行動を「気合」ではなく、身体のスイッチ操作として扱えたら。
迷いは減り、判断は静かになり、人生は、もっと滑らかに進み始める。
努力ではなく、再起動によって。
管制塔のGOサイン
あなたの前頭前野は、すでに準備ができている。
視界はクリアだ。
戦略も見えている。
必要なのは、滑走路からのGOサインだけ。
そのサインは、
姿勢を変えることでも、
呼吸を深くすることでも、
指を一本動かすことでも送れる。
行動は、勇気ではない。
神経系のスイッチだ。
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かち脳ラボ with Dr. Yoshi」
EP 007 | 行動という名のスイッチ
https://youtu.be/ld4C6k8zhSc
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何を守ろうとしていそうですか?
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👤 Dr. Yoshi
参考文献
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Damasio, A. R. (1994). Descartes’ Error: Emotion, Reason, and the Human Brain. Putnam.
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James, W. (1884). What is an emotion? Mind, 9(34), 188–205.
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Libet, B., Gleason, C. A., Wright, E. W., & Pearl, D. K. (1983). Time of conscious intention to act in relation to onset of cerebral activity (readiness-potential). Brain, 106(3), 623–642.
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Porges, S. W. (2011). The Polyvagal Theory: Neurophysiological Foundations of Emotions, Attachment, Communication, and Self-regulation. W.W. Norton & Company.


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